当たり前を当たり前でなく生きていきたいものです。

こんにちは。管理人のりーたんです。

私は、旅に出だ時に眺める夕日や朝日が大好きなのですが、近所で見る夕日や朝日に、そこまで綺麗だと感動するまでには至りません。

恐らく、旅先に住み着いて、大好きな夕日や朝日を毎日眺めていたら、いずれは感動などなくなってしまうのだろうと思います。

それは、その光景が当たり前になり、新鮮味が無くなり、いずれ興味や感心を失ってしまうからだと思います。

当たり前

それは、有難くもあり、怖いものでもあります。

女として生き始めて18年、始めこそ手術して身体も環境も変わり、戸惑ったり変化の流れに苦しんだり楽しんだり、毎日が新しい発見の繰り返しで、それはそれで新鮮でした。

ですが、それがいつの間にか当たり前になってきました。

慣れというものなのでしょう。

ですが、始めのうちこそ、すれ違い様にクスクス笑われたり、ヒソヒソ馬鹿にされたり、オカマと自虐で笑いを誘ったり、そんな日々があったわけです。

今そういったことが無くなり、オトコやオカマとして振る舞う必要の無い生活が当たり前になりました。

同時に、ヒソヒソ馬鹿にされたり笑われなかった喜びや、ちゃんと女として見られるかとヒヤヒヤしたり、自分自身の変化に一喜一憂することも無くなりました。

本当に、有難いことです。

でも、今の当たり前を当たり前の様に得られたわけではありません。

私は、戸籍上の性別を変えられる様になる前も後も知っています。変わる過程を生きてきましたので。

今では、女として生活するとか、自分を女だと正々堂々と言えますが、戸籍上の性別を変えられる前は、そんな事なかなか言えない空気がありました。

女として生きられる今の当たり前は、有難いし、今の段階では幸せです。

でも、それを当たり前と思ってしまうのが怖くもあります。

パラレルワールド的な話、今この時にも色々なパターンがあったのだと思います。

様々なタイミングに、様々な奇跡が重なり、今という時間が出来上がったとするならば、今ある自分の生活は、当たり前なんかではなく奇跡なんだと思います。

ですが、この先どうなるかは、わかりません。

だからこそ、当たり前にあぐらをかかずにいなきゃなと思います。

女として生きる日々に、朝と夕方に見える綺麗な空、色々な当たり前を、当たり前と思わずに、後悔しない様な生き方をしようと、夕日を眺めながら考えてみた今日この頃です。

皆さんにとっての当たり前って何ですか?

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。