
ただのんびりしたいなら、夕日が沈む頃に、ふらっとメコン川沿いに腰掛けて、夕日でキラキラと橙に染まった川を眺めながら、瓶ビールをラッパ飲みして、暗くなったら、川面に揺れる対岸のネオンを眺めながら、また瓶ビールをラッパ飲みで喉の奥へと流し込んで、飽きた頃に部屋に帰る。
アクティブな旅に疲れたり、何もせず、ただゆっくりのんびりとした旅がしたいときに、ぴったりなのがメコン川沿いの街です。
メコン川沿いの街でのんびりしたいと訪れるに至るまでには色々な事がありました。
それまで休む間なく働いてきて、新しい取り組みを生み出して形にしてと、結果も出して充実したお仕事をしていたのですが、ある時を境にやる気が一気になくなり、達成感や満足感なんかも一切感じなくなりました。
感情の起伏も不自然になり、情緒不安定になりました。
それまで、すごく楽しく取り組んでいた仕事が、苦痛で仕方なくなりました。”楽しい”がもっと発展させなければ、もっと頑張って形にしなければと自分を追い込むようになりました。
ある日、仕事終わりにいつもの電車で、いつもの駅で、同僚と別れて、自宅の最寄り駅まで、いつもの満員の電車に乗りました。
ドアの近くや背もたれのある場所をキープして、いつものように目をつぶってれば、最寄りの駅に着くはずでした。
それが、いつもは気にもならない心臓の鼓動を感じました。それが段々と早くなり、それに合わせて呼吸も乱れ、どんどんと早くなり、目の前がグルグル回り、変な汗でびっしょりに。
不意に吐きそうになり、手で口を押さえると、その手も気持ち悪いくらいにびっしょりで、余計に気持ち悪くなりました。
しまいには、立っていられなくなり、ドアが開いたと同時に、どこの駅かもわからずホームで座り込んで動けなくなりました。
それでも、誤魔化し誤魔化し仕事をしていたのですが、とうとう体調面に異常が出て入院するまでに至りました。
会社に入院の旨を伝えると、体調よりもいつ復帰できるのかを聞かれ、分かり次第連絡をくれればいいと冷たいもので、自分の中で線がプツンと切れたのを感じました。
今まで打ち込んできた仕事も自分にも、苛立ちと怒りが湧き上がり、しばらくするとそれらに向き合う気持ちも湧かなくなり、なぜか悲しくてたまらなくなり、手足が震えたり目が回ったりするようになりました。
もう、今の仕事を続けてはいけない。
いわゆる燃え尽き症候群とうつ状態になってしまいました。
とはいえ、引っ越しも決まっていて、幸いにも数ヶ月先には仕事を辞める事になっていたので、とにかく最後の日を待つばかりでした。
その数ヶ月前、仕事を辞めて引っ越しが決まった時に、引っ越ししたら、なかなか旅にも出られなくなるからと、旅に出るつもりでタイまでの往復の航空券だけおさえてありました。
出発までにある程度の予定を組んで、ホテルなどの予約を済ませればいいと考えていました。
ですが、心身共にギリギリの状態の私です。
いつもの私なら、仕事を辞めて、パーっと旅に出るぞとウキウキな気持ちで、旅の計画をたてるはずが、それすら億劫になってしまっていました。
航空券が勿体無いから、キャンセルだけは辞めておこうと、不本意ながら楽しみとか一切なく旅の計画について考えていました。
通勤電車で、少しでも気を紛らわそうと読んだ尊敬してやまない下川裕治さんの本を読んでいた時、イサーン地方(タイ東北部)のメコン川沿いの街に、何もしない旅をしに行くというくだりがあり、何か惹かれるものを感じて、旅の前半は、ただのんびり何もしないをしに行こうとイサーン地方のメコン川を目指す事に決めました。
案の定、旅のスタート前から体調が悪く、本当に楽しめるのか不安な気持ちでいっぱいの中、旅はスタートしました。
私の唯一の楽しみであるはずの旅が、何も楽しいと感じなくなってしまった現状に、少しでも変化をもたらしてくれたらと、やってきたナコーンパノムの街。
一切の感動もなくメコン川を目の前にして、とりあえず缶ビールを、プシュっとあけて、対岸が映る水面をボーっと眺めながら、やっぱりダメだと沈みかける夕日を眺めながら、悲しい気持ちをただただ噛み締めていました。
このナコーンパノムの街は少し外れると、夕日が沈む頃には、軒並みお店も閉まるので、油断するとレストラン探しも一苦労です。
だから、必然的に食事も早く済ませたら、本当にする事がないんです。
味気ない食事を済ませて、ゲストハウスに戻ると、オーナー夫婦とその親戚が夕食を食べていました。
「こっちおいでよ。良かったら、一緒にご飯でもどう?」
オーナー夫婦が声をかけてくれました。
「お腹いっぱいだよ。でも、ちょっとだけ。」
せっかく声をかけてくれたのに、断るのも申し訳ない気がして、ビールを一杯いただく事にしました。
何を話したかなんて覚えてないくらいのコミュニケーションしかとってないけど、ビールを飲んでいる。その横や向かいで皆笑ったり喋ったりしている。ただ、それだけなのですが、他にすることもなく、成り行きでいるこの何気無いひと時が、ただそこにいるだけでいいこの空間が、なぜだか心地よく感じたのです。
部屋に戻ると、バルコニーの窓越しから、対岸のネオンが薄っすらと入り込み、真っ暗な部屋が淡い桃のような紫のような色に照らされていました。
しばらく電気をつけず、ベッドにドサッと身体を任せて、窓をじっと眺めました。
この光は、対岸のラオスの街からきているんだと、今更ながらメコン川を挟んでタイとラオスと分かれているんだという事に意識が向きました。
昼間は全く感じなかった熱いものが、私の鼓動を早くさせました。
コンビニで買った缶ビールを開けて、真っ暗な部屋の窓から見える対岸のネオンをアテに、この日二缶目のビールを飲みました。
“なんか、楽しくなってきた気がする。”





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