MTFを理由に婚約を破棄された元ニューハーフの私が、今の夫と出会い入籍するまでの話~後編~

こんにちは。

前回、私がトランスジェンダーとして味わった初めての大きな挫折について書かせていただきました。

その経験から、私はトランスジェンダーで生きる上での自分がとってきたスタンスを大きく変えることになりました。そういう意味では、辛かったけどいい経験をしたのかもしれません。

そして、今の夫と出会い入籍と結婚に至るまでを書きたいと思います。

トランスジェンダーとして生きておられる皆さま、さまざまなスタンスで生きておられると思います。私一個人の経験と意見となってしまいますが、こんな経験と意見でも必要だと感じてくださる方の目に留まり読んでいただけたら幸いです。

埋没という生き方とオープンという生き方

前回の最後でも触れた自分の考えを大きく変えることになったという部分のことなのですが、元婚約者からの突然の別れるまで、私は同じ当事者とはできるだけ距離を置くようにしていました。

ニューハーフとして一定期間働いてきて、それなりに男扱いをされてきて、抑えてきたものもありましたから、私の中でその頃のことを蓋をしたいという思いがあったのかもしれません。

元婚約者との関係も終わり、相談できる相手もいなくて、自分は一生一人なんだと絶望してふさぎ込む日が続きました。

街中ですれ違う男も女も、みんな自分とは違う別世界を生きるの生き物ので、私というまた別の生き物がたった1人佇んでいる。そんな風に考えるようになってしまいました。

“私もみんなと一緒のように別世界を生きる生き物でありたかった。”

そんなどうしようもない事ばかり考えていたのと同時に

“このままではいけない。でもどうしたらいいのかわからない。”

とも考えていました。

そんな時でした。悪いものは続くものです。20代前半に手術したアソコに痛みを感じるようになり、調べてもらったところ、開けた穴を塞ぎたくなかったら、再手術が必要ということが分かりました。

タイでできた当事者の友達

20代の時に受けたSRSで残されていた海綿体が、何かしらの原因で腫れてしまい開けた穴を塞いでしまっているとのことで、その一部を切り取るのと、ついでに外性器の修正をしてもらうため、値段もあったのですが、経験の数から日本ではなくタイでやり直しの手術を受けることにしました。

術後ケアの間は、アテンド会社が用意してくれたアパートメントで生活をしていたのですが、隣の部屋にも私の少し前にSRSを受けたMTFの子が滞在していました。手術に向かう車の中で初めてその子に会ったとき、“見た目も声も完璧だ”そう思えるくらいお上品な雰囲気の綺麗な子でした。

術後ケアのための通院をいつも一緒にするうちに、話すようになりご飯を食べに行くようになり、いつの間にか寝る時と病院の処置室で処置を受けている時以外常に一緒にいるくらい仲良くなっていました。

その子と、埋没して生きている中で感じることや考えること、経験してきたことなどいろんなお話をしました。

元婚約者との破局とその後については直接的なお話はしなかったのですが、ほかのいろいろな話から、ヒントみたいなものが得られて、今までの悩みは何だったのかというくらいに、心の靄が腫れていくのを感じました。

前に進もう。

そう思わせてくれたのは、ほかの誰でもなく彼女でした。

家がそこそこ近いという偶然もあり、その子とは今でも仲良くさせてもらっていて、私の大切な大切なお友達です。

出会い系サイト

はじめの一歩と言っても、何から手を付けたらいいものか。実生活では、私は自分のことを誰にも言わない埋没という生き方をしていましたし、それが広まってしまうのも嫌だったので、実生活ではなく出会い系サイトで出会いを探すことにしました。

ありがたいことに、こんな私でもそれなりに複数の男性からメッセージをいただいたのですが、やっぱり会って、仲良くなって回を重ねるごとに、前と同じことになるんじゃないかと怖気づいてしまい、全然うまくいかず、時間だけが経っていきました。

そんな時、実家の父親から「お前には、お前と同じ悩みと経験を積んできたような子じゃないと難しいんじゃないのか?」と言われました。

たまたま、父は得意先の会社で仕事を頑張るFTMさんを見かけてそんなことをふと思ったそうです。

ただ、私にはFTMの知り合いもいなければ、それまでに関わったこともそんなにありませんでしたので、FTMさんと一緒になるなんて全然実感が湧きませんでした。

ただ、父親からの言葉がなぜか頭に残り、FTMさんも含めて探してみることにしてみました。

夫との出会い

とはいえ、FTMさんからの返事はほとんどありませんでした。

恋愛対象が女性のFTMなら、わざわざMTFなんかではなく女性を選ぶだろうし、その逆も然りだと当時の私は考えていましたから、それはそうだろうなとも思いました。

やっぱりMTFと女性とでは、何処かで違うと思ってしまうし、FTMと男性とでも同じように思ってしまいます。変えられない過去がそうさせるのしょうか。

しばらくして、メッセージをくれたのが、私の今の夫でした。

夫はFTMで、最近彼女と別れて一緒に遊べる友達を探してるとのことでした。

まずは、サイト上のメッセージ機能で自己紹介を兼ねたやり取りから、友達という関係をスタートしました。

夫の挫折

夫とは、ラインを交換して、はじめこそ一日一回程度のやりとりだったのですが、ラインの回数も徐々に増えて、実際にご飯に行ったり飲みに行ったり遊びに行ったりするようになりました。

少しずつ自分の話をしてくれるようになった夫は、前に付き合っていた彼女とのことを話してくれました。

彼女は、夫のことを理解したうえで付き合っていたそうですが、時間が経つにつれ“子どもがほしい”というようになったのだそうです。

最終的に私たちの間には子どもができないからということで別れを切り出されたのだとか。

夫もそれまで男として生きてきて、トランスジェンダーだからと特に困ることもなく、彼女との別れが自分にとってトランスジェンダーとして味わった初めてのつらい経験だったそうです。

“自分が選んだ道だから仕方ない。死ぬまで自分は一人で生きていかないといけない”そう考えたと話してくれました。

夫との入籍

お互いに始めは友達以上の関係なんて考えてもいませんでした。

会って飲んだり食べたり話したり笑ったりしているうちに、男だとか女だとか、元々どっちだったのかなんて考えることがなくなっていきました。

夫を男だからとかじゃなく、夫だからもっと話したいとかもっと一緒に居たいとか思うようになっていきました。

夫も、私と一緒にいればいるほど、1人の人間として興味が出てきたし、もっと知りたいし、一緒の時間を過ごしたいと思えるようになったと話してくれました。

そんな話をしてからすぐのことでした。私たちは付き合うことになり、その半年後に夫からのプロポーズを受けて、夫の誕生日の11月、私たちは夫婦になりました。

結婚について考えさせられたこと

どうしても性別っていうのは生きていると付きまとってくるわけで、性別に一喜一憂させられたり、性別によって選択の幅を狭くさせられたりするわけですが、それでも性別というのが無くなればいいとは思いません。

だけど、それに縛られて頭を固くしてしまうのではなく、一人ひとりの人間を性別とかの属性で見るのではなくて、1人の人間として見たら、少し自分の中の固まりつつある価値観にも幅が出るのかなと、夫との出会いで考えさせられました。

元婚約者との別れで、当事者同士とのかかわり方についても、考えが大きく変わりました。

同じ当事者だから距離を置こうとか関わりたいとかではなくて、当事者だろうがそうでなかろうが、自分がその人を1人の人間として友人として好きだと思える人と仲良くしたいと思えるようになりました。

属性でなくて、個人を見るということ。

それがこの経験を通して、私が学び得たことででしょうか。

長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。トランスジェンダーとして生きておられる皆さま、さまざまなスタンスで生きておられると思います。

私一個人の経験と意見となってしまいますが、こんな経験と意見でも必要だと感じてくださる方の目に留まりお役に立てることがあれば幸いです。

併せて読みたい

婚約者にトランスジェンダーを理由に婚約を破棄されたどん底から、今の夫と出会い結婚した元ニューハーフが結婚について思うこと rizfarm.com/2019/08/26/婚約者にトランスジェンダーを理由に婚約を破棄/

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投稿者: ritan279

Lisa Kawakami 旅を愛する元ニューハーフ。 関西を拠点に、夫婦で移動販売業を営みつつ、トランスジェンダー当事者の方向けにボイストレーニングやピアサポート的な活動をしています。 □過去の経歴 高卒後ニューハーフダンサーデビュー▶︎氏名性別変更▶︎女性として埋没生活▶︎語学留学▶︎タイで就職▶︎福祉関係に入職▶︎結婚▶︎鬱で休職▶︎飲食店を営む▶︎精神保健福祉士取得▶︎ボイストレーニング教室を始める▶︎移動販売業に転向▶︎今に至る □ピアサポート的な活動とは mtf向けボイスレッスン 情報発信 交流会etc □移動販売業とは 〜準備中〜

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